デザインの考え方 -例えば日本では-
一九八七年 昭和六十二年 四月 河原 碧子
今日はデザインを学ぶ第一歩としての考え方や発想の展開についてのヒントをお話しようと思います。
☆まず、人類の歴史を振り返って見ましょう。
☆原始時代から現代に至る迄、衣食住を初め技術・学問・芸術・道徳・宗教を含む生活に関する全てがそれぞれの用途や必要性に応じて形づくられ伝えられ文化と呼ばれています。
☆「文化」を表現する形には必ず人間の感情や情緒が反映されています。
それは「形」のあるものを用いるという目的の他に「自分の内面」と「環境」との調和の中に「美」を発見しようとしていたかが判ります。
☆歴史を辿ると先人達の遺したものが如何に創造力豊かであったか、土器や埴輪、飛鳥・奈良時代の寺院や仏像、神社建築。平安時代、鎌倉時代の大和絵やかな文字、鎧兜、刀剣、室町時代の石庭や水墨画、能面、桃山時代・江戸時代の城の建築、茶器や障壁画、桃山後期の琳派、江戸中期の文人画、浮世絵、庶民生活の中から生まれた民芸品にも美的感覚は発揮されています。
☆これらの生活文化には、それぞれの歴史的背景や政治や当時の指導者の性格が色濃く反映されています。
☆皆さんは博物館や美術館などを訪れて確かめて見ましょう。遺されたものを見て「良いもの」を見分け自分の感覚で直接、受けとめることから、美への理解が始まります。
☆美の思想家として民芸運動の草分けでもある「柳宗悦」は「見たあとで知れ、知ってから見るな」と物を観察する時の考え方の大切さを教えています。先入観で見るのではなく自分の目と肌で感じ取る事が何よりも大事であるというのです。古い伝統や様式にこだわる概念や理論が優先し表現や制作が後廻しになっていた今迄の勉強の仕方に比べると新しいデザイン教育は、随分自由に解放されています。
☆それは過去の様式に拘わったり、模倣するのではなく自由な発想で表現しても良いということです。それが進歩と云えるのか、どうかは判りませんが人間の生活の範囲の拡大に比例した結果だと云えます。
☆直感力を重んじた表現や制作が重要視されると逆に個人の豊富な経験や知識が物を云うようになります。私達が暮している毎日の生活の中にも学ぶべきものが沢山あります。人間の生活を高めるという目的で「機能性」と「合理性」と「美」の一致点を見つけつつ完成へと近付ける、という必要性があります。それは自分自身の生き方を探る事にも繋がり☆「人間はどう生きるべきか」と広い意味での主義主張を追求し続ける事でこのテーマは解決していくと思います。
☆基本的技術や考え方、表現方法も「一」からこつこつ積み上げて社会に出てから必ず役に立つ仕事の出来る人になるという気持を持ち続けて頂きたいと思います。その為に常日頃から読書も大切です。人との付き合いからも見聞を広め、知識を吸収しましょう。
☆学校に来て新しい課題に向かう時は偏った狭い考えに拘らずに身につけた知識や優れた先人の作品に触れる事で刺激を受け精一杯の努力をしましょう。
☆使う人、見る人の身になる事を忘れず作り上げた作品は初めて社会に有用なデザインとして活用される様になります。
☆皆さんが苦労をすればする程、愛情のこもった豊かな内容の作品が出来上がります。
☆一つ一つの作品が仕上がる喜びを体験しながら夢のある職業として社会のために自分を生かせる事の出来る皆さんは本当に幸せだと思います。
☆デザインするという大きな目的の中では、線とか形とか色彩とか材料に拘わる事は全体から見ればほんの一部の問題であることが分ります。
☆人間にとっての一番重要な環境である自然を無視する事はありえない事です。自然の材料、例えば海岸を散歩していても色々な形や色の貝殻があります。野原や森に出かけても草花や木の実、きれいな色や様々な形の葉っぱ、石や土、工夫された材質の布や紙など日常見逃がしてしまう物でも、秀れた感受性の持主の手にかかると見事な絵となり彫刻となります。そして商品の形のヒントとなって物そのものが意味を持つという面白さを発見することが出来ます。
☆「人間と環境」との関係や「内面と外面」との調和は身近な自然の中から生まれる事がだんだん判って一つひとつ発見する度に嬉しくなってしまいます。デザインは広大な範囲に広がりその例は☆宇宙船から人工衛星・飛行機・電車・自動車・船舶等、乗り物類、OA(オフィスオートメーション)の機器・空間デザインでは、建築物や橋梁、公園等、都市計画に関する一切、インテリアデザインでは店舗デザイン・ディスプレイ☆ファッション関係においては、着る物からアクセサリー迄、グラッフィックデザインでは、ポスター・カタログ、パッケージ、新聞・雑誌・TV、広告など、生活全般の細々した日常雑貨に至る迄巾広い範囲に渉っています。 大きな期待の反面、目的を考え計画する事の膨大な範囲にただならぬ覚悟を感じます。何処にでもデザインの仕事はあるという安心感の反面この道は一筋縄では行かないと緊張します。人間の生活は便利でさえあればよいという訳ではなく、人間の心や身体に与える影響についての深い思慮が必要です。公害をまき散らし都心の青空をぶざまに阻む高速道路や歩道橋など、便利さを追求するあまり景観無視のデザインに新しい提案はないかと積極的に考える事も必要でしょう。
☆人間生活の雰囲気や本当の利便性の無視、自然環境破壊の無神経な都市計画の欠点を克服して乳母車を押すお母さんや身体の不自由な人、老人に対する思いやりの心をもう一度考え直して、仕事をする場合の基本的な方向として行きたいと思います。私達が街を行く時、建物の冷たさや看板の色のけばけばしさに緑のない道や公園の少なさに心の安らぎを感じる事は出来ません。
☆デザインを学ぶ事は現代人が忘れているものや忘れかけている真心や暖かさをもう一度考え直してみる、又とない機会です。
「よいデザインとは何だろう」と何時も考えて自問自答して見ましょう。身につけた知識を暖かい心で育みながら、将来優れたアイデアやデザインを生み出して行く事に役立てて行きましょう。人間そのものを深く知るような努力もしましょう。真面目な気持で人や物事を観察する事でこれまで見えなかった世界がどんどん見えて来るかも知れません。
人間の良い面も悪い面もわかると人生観が明るい方向に変わり学ぶ事への意欲と勉強し続ける事に意味が見つけられて、更に楽しみが湧いて来ます。
☆長い間には行き詰まって如何しようかと迷う事もあります。こんな時こそ日頃の「心の鍛錬」を役立てましょう。
☆アイデアがもう湧いてこないのではという不安にかられても不安を乗り越えて挑戦するのがプロとしての条件です。
あれもこれもと楽しく自由に思いを巡らす位のゆとりを持って急がば廻れの精神で頑張りましょう。
☆それでも複雑な人間のライフスタイルをどう把握して導いていくかはとても難しいことです。人間の心は想像以上に複雑、雑多だからです。
☆身近なところではイラストを描いたり文字を選んだり、形を考えたり創ったり、デザイナーの仕事の中で企画やアイデアを出す頭脳労働の部分は最も重要視されています。優れたイメージやコンセプト(概念)をどの様に展開していくかを考えるので、デザイナーというより新しい物を考え出す発明家の様なものです。頭の中に日頃用意していた沢山の引き出しが有れば有る程、安心です。限られたテーマの中に、少しでも自己表現が出来れば本当に嬉しいものです。☆私はここから巣立つ人が一人でも多く在学中に真剣に物を見ようとする鋭い感覚と素直な感受性を培かっていって欲しいと思っています。心の中に持ち続けた「理想の花」を咲かせ続けるのは自分自身の努力にかかっています。
自分は好きな事をしているという感情を持続させて仕事の効果を上げる事です。
不必要な劣等感や優越感、挫折感を感じる事なく、どんな処にも生かされる分野があるので努力をしましょう。
指導する側も「根気」と「忍耐」と「愛情」が必要です。私達は皆さんの「才能の種」を少しでも効果的に育てる畑の役割をしていると思っています。
最後に、当スクールに於いての採点のポイントは授業中の態度が真面目であること。作品の制作に真心をこめているかどうか。出来上がった作品に気品を感じる事が出来るか。気品というのは、心のエレガンスで周りに対する思いやりや丁寧さ礼儀正しさです。
徒らに奇をてらって人目をひく事ばかり考えないで、本来の目的と初心を忘れずに、いつまでも今日という日を忘れず一日一日を大切に有意義に過ごされる事を祈って最初の言葉といたします。