随筆 「 人生は百廿五才か〃八十五才か〃 」
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随筆 「 人生は百廿五才か〃八十五才か〃 」


随筆 「 人生は百廿五才か〃八十五才か〃 」

                  
荘 正衛

人生は百廿五才か〃八十五才か〃
先般わが大阪市大卒業生の河原碧子さんから
「誰でも百廿五才まで生きられる」 ― 大隈重信説 ―
の新聞記事の切抜きを送って来られ
「先輩よ、健康で頑張ってね」と激励された。
ところが私自身もいつしか八十の坂を越え、友人も
年々減少してゆく悲哀を痛感しているが親友T君に
その話をすると、彼曰く、大隈さんは、
「百に(あと)十五才まで」、といわれたのではないかと
水をさされ、なる程そんな読み方もあったのかと考えなおし、
自分はあと四十三年も、生き長らえると考えていたのは、
余りにも虫が良すぎるのではないかと反省している。
因みに大隈さんの人生一二五才説次のようにも解釈ができると思う。
1、百に一五加えて一一五才説
2、百にもう後十五年即ち八五才説
3、八十五才に達した者が百才になるまでに
あと未だ一五才足らぬという百才説
皆さんはどの説をとられますか。

(河原碧子さんは
日本画家・市大生活科学部同窓会会長
テクノポート大阪推進委員
河原デザインスクール理事長)
(大隈重信 佐賀県出身)
略歴一八三八(天保九年) ~一九二二(大正十一年)
一、明治・大正時代の政治家 内閣総理大臣
第一次大隈内閣 一八九八年(明治三十一年)
第二次大隈内閣 一九一四年(大正三年)
一、早稲田大学創設始者 一八八二年(明治十五年)
有恒会報より

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