身も心も自由に解き放ち、「自然のまま」に
大阪・梅田のデザインスクール 手描きからコンピュータまで グラフィックデザイン DTP 3DCG CAD 絵画 デッサン イラスト 絵本 初心者対象 社会人向け

身も心も自由に解き放ち、「自然のまま」に

身も心も自由に解き放ち「自然のまま」に

一九八八年 昭和六十三年 四月 講話 河原 碧子

これから皆さんにお話する事はとても簡単な事なのですがある意味、とても大切な事でもあります。
☆今日から勉強を始める皆さんの心には、ぜひ留めておいて頂きたいので目を つむってお聞き下さい。
☆「光陰矢のごとし」と云う言葉があります。過ぎてしまった日々に呟く言葉は空しくもあり時には 充実した響きをもってしみじみと噛みしめる事もあるでしょう。

☆これから学ぶ二年間は皆さんの人生の中で、青春時代と呼ばれている特別大切な期間でもあります。
☆人間は自分の好きな仕事に就いて自由に生きて行きたいと願っているものです。
その様に考えながらもあれこれ迷い結局、最終的には誰でも「死」という海の前に立つことになるのです。
その事を思うと人間の最終的な場面である海に向って戻る事の出来ない人生の河をどう下って行こうかと若い時代を生きている今考えておかなければならない事と思います。
☆ゆったりと穏やかな「河」もある時は風に渦巻きある時は岩に逆らい、洪水となって、野山や人を襲う恐ろしい出来事をもたらします。しかし、海に届くまでに起こる様々な難関を超える事が出来ずに一生を終わってしまう場合もあります。

消えては浮かび、浮かんでは消える泡のように、儚いが故に「人が生きて行く命の河」は尊いと言えます。
☆皆さんはすでに、最終学校を卒業、または在学中、また就職してそれぞれ自分の道を歩んでいます。
☆ここに集まった皆さんはその時、多分自分の生き方について何かを悟られたのでしょう。
自分の好きな仕事で社会で役立ち、しかも夢のある生き方をしたいと思われたのだと思います。
☆利益を追うだけの仕事ではなく肩書や先入観に左右されない人生を歩みたいと思われたのではないでしょうか。
一生懸命勉強して「一流」といわれる大学を卒業し、それぞれの夢や学問のために頑張る人もいます。
しかし自分の好きな道を唯ひたむきに歩むもうとする人は、それ以上に勇気が要るでしょう。好きな道を歩みたいと望んでいる皆さんの気持には自分に対する「嘘」「偽り」はないのですが現実には「嘘」「偽り」のない道を歩む事は不可能に近い事かもしれません。 他人の目にどの様に写っても身も心も自由に解き放って「自然のまま」に振る舞っていられたら人間として、それは富や名誉にはかえられない幸せだと思います。

☆しかし「自由」だけを強調して生き様とすると「緊張」が薄れて「人としての生気」が失われていきます。
☆自分や社会に対する「闘い」があった方が、新しいものに挑戦する「生きがい」「やりがい」が生じて、それは「精神の高揚」に繋がります。こんな事も考えながら毎日の過し方に意義を感じて頂きたいものです。
些細な事にも「感じ易く」「喜び」「怒り」「悲しく」「楽しみ」それ以上に「淋しさ」や「孤独感」に苦しむ事があるのが青春ですが、そんな自分にも訳の判らないうちに過ぎて行ってしまうのが青春です。
「後悔先に立たず」という言葉が示すように今の大切な時期の過ごし方が皆さんの将来の方向を決めます。
若い時に折角発起して憧れた「理想」や「夢」は決して途中で 「目醒めてはいけない夢」だと思います。
☆自分自身の主体性を確立しながらも、ある時は「ゆるめ」ある時は「ひきしめ」自由自在に精神をコントロール出来る様に訓練を続けて、「心の視野」を広め自分の進むべき方向を模索しながら共に勉強して行きたいと思っています。

☆☆本題に入ります。 ドイツの「ワイマール」で「バウハウス」というデザインの学校が出来ました。
「デザインとは何か」と云う哲学的問いかけから始まった学校で創立者の「ヴァルター、グロピウス」は「芸術家とは高められた職人であり神の恩寵により、ある一瞬、開花するのだ」と云い芸術やデザインは、「ある種のインスピレーションによるものである」という考えでした。
☆現代ではデザインは「社会の中で消費されているもの」として存在していますが「社会と芸術」との関わりや「工業、手工業」の問題が色々あります。それ等の問題に矛盾も感じずに「自分のアイデア」が表現出来ればどんな手段でも利用し様とする傾向があります。その様な傾向は現代の消費社会でデザインの意味を煩雑に混乱させています。
「当校のカリキュラム」はこの様な「考え方を修正」しながら先ず徹底した「基礎的な技術訓練」を体験しその後一人一人の「独自のインスピレーション」で発想します。「この訓練の仕方」はバウハウス創立当時の「教育理念」に近いものです。デザイン」が聞きなれた言葉として存在している現代の社会環境では「文化の中におけるデザインの存在価値」と「デザインの社会性」を最も日常的な面から取上げるという事が必要です。デザインに関する技法書は沢山ありますが、それらから得られる知識や技術はサイン、シンボル、レイアウト、タイポグラフィ、 イラストレーション、コピー、写真、 クラフトデザイン、インテリア、建築などに関する「know-how 的な理解の仕方」とは違った観点から 「デザインに対する考え方」をしなければなりません。「デザイン」は一般には、設計、企画、創案、意匠、アイデアを スケッチする事と解釈されていますが「形成する」「組織する」「まとめる」等と同じ意味を持っています。その基本は「技術」だと考えがちです。

「技術」を伴わない「デザイン」は成り立たないので「技術」は「デザイン」にとって必須の条件である事は間違いありません。しかし技術=デザイン」ではなく「技術」はあくまでも「その本質を表現する手段」であって
「本質は造形である」と云う考えです。「意匠」という言葉は「心のたくみ」という意味を的確にあらわしています。「デザイン」が日常語の様に使われてきた過程を辿ると「 今日のデザインの歴史」を知る事ができます。
デザインは1930年代モードの世界で初めて使われ、デザイナーは「服飾デザイナー」と云う先入観でした。
1950年代日本の産業はアメリカの影響を受けています。「口紅から機関車まで」のアメリカのデザイナー「レイモンド・ローウィ」の「 ピース」の箱のデザイン料の百万円が当時の日本で大きな話題になりました。日本では「図案家」といわれた人々が グラフィックデザイナーとしてポスターや広告等でそれ迄の立場から脚光を浴びるようになります。

1955年代に家庭用品から「機械類」「自動車」に 至るまで「機能」と
「美」を追及して、工業デザイナーが活躍する様になりました。
☆☆1964年の東京オリンピックには日本のデザイン界は大活躍しました。建築デザインが 街の景観を整え「企業の個性を主張する建物」へと変化、進展してきました。1965年代には「インテリアデザイン」が「人間生活の安らぎと便利さ」「美しさ」を求めて一般住宅に盛んに取り入れられる様になって来ました。
「社会の進展につれてデザイン活動」は人間の歴史にとっても非常に重要な力になっていきます。
「デザイン」は様々な欲求を持つ「人間の意志」を整え統一して調和のある「造形」の世界を創り上げる重要な役目があるので「才能や個性」だけで成り立つと云う、簡単な仕事ではありません。

☆個人の才能や「個性」は教える事も学ぶことも出来ません。しかし前提としての「手の技術や能力」と「基本的な知識」や「考え方」は 教えることも学ぶ事も出来ます。
☆最初に「基本的な作業の一つ」として「線」をひく事があります。 「線」は「形の基本」です。
☆「線」は「空間」を様々に区切る事が出来ると同時にどんな形でも作り出すことが出来ます。
「線」によって形づくられたスペースは、私たちに「色々な感情」をよび起こす事が出来ます。
一本の線は私達の「視線を誘導する」という、重要な働きもします。 「線」には大きく分けて「直線」と「曲線」があり「位置」や「方向」によって、「水平線」「垂直線」「斜線」が あります。その一本一本が、
私達に与える感情も違います。

☆直線は冷たく、若々しく、男性的であり、知性的、合理的で緊張感があります。
☆曲線は暖かく、まろやかな成熟感を伴った女性的な感じを与え 感情的で包容力を持っています。
☆水平線はあらゆる線の母体として「広がり」や「幅」や「安定感」を表わします。
☆対して垂直線は「狭さ」や「高さ」を表し「感情的」には、「気品」や「威光」を表現します。
☆ 「斜線」は、水平線と垂直線の丁度、中間にあり「動き」や 「奥行き」を示しています。
☆「線」を描く事一つとっても、「威厳」や「リズム感」「不安定感」や「安定感」「優しさ」「力強さ」「か弱さ」又 「流れるような」とか「鋭い」等と色々な表現が出来る事が分かります。

☆皆さんはそれをどう描くかによって様々に「複雑な面白さ」を表現することを考えて行きます。
この様な調子で、「基本的な手の能力」がどんなに必要かであるかを基礎実習の中で学んでいきます。
社会のゆがみにまかせた侭の既存の教育に対して「より自由に」「より高らかに」「創作意志」を充分に発揮出来る実際的な課題を提供していきたいと思っています。課題をこなす事で得られる能力や知識は材料や技術経済の現実や生活全体の中で、日常生活のどの部分にも関わるデザインの重要性を改めて考えましょう。
日常の生活感覚に加えて「自然のやすらぎ」を中心に「知識」と「機能」と「美」を備えた、より良いものを作るための課題は数え切れません。人間は、生まれ育つ過程の中で少しずつ蓄える知識や情報に更に新しい情報を取り入れて色々と組み合わせ「考える」と云う作業をします。この「考える」能力を培う為に学生には 読書することを勧めています。読書をする事で次々本の中からあらわれる友人達と色々な世界を歩きまわり語りあうことが出来ます。

本当によい友人に巡り会うために、課題の中に読書に対する興味が深まる様な工夫をしています。
☆本を読む事によって足りない情報を補い全く新しい内容で創造する能力を補うことを勧めています。
☆人間と動物の違いは人間には「考え創造し意図する能力」がある事です。 皆さんの額にある前頭葉は「個性の座」と云われています。 ここで云う個性というのは注ぎ込まれた知識や情報によって 集積されたものではありません。 前頭葉には自分で考え自分で求めた「知識」や「才能」「性質」「性格」が統合されています。 人は「前頭葉」を鍛えて「より人間らしく」なりますが、鍛える事もなく「創造力がない」とか 「才能がない」と嘆くのは間違いです。それは単に「怠け者」としか言い様がありません。ここで大切な事は、この創造力を培い育てる事によって、「文化」を生むと共に、逆に相手の命を奪う心、戦争等に発展します。

優越感や自負心、競争心なども生まれ それが高じると征服欲になります。人間だけが文化を伝え文明を形成する一方で命の奪い合いの戦争をやるのは、この為です。「逃れられない罪」ともいうべき「人間のもつ宿命」の為に色々と「悩んだり」「苦しんだり」「勉強したり」「考える」のですが、この「矛盾に満ちた存在」をどう克服し調和すればよいかデザインの仕事をする上で忘れてはならない事です。 私達はこんな事も考えながら学んで行きます。ここでのテーマは一貫して「自然への復帰」であり「人間性の回復」、ヒューマニティーを求めています。それは、母から子への愛であり人間同志の愛の追及にも繋がるものです。
☆「作品は人なり」で出来上がった作品 には、その人の技能よりも表現されたものに思想のレベルの高さがわかります。先にお話した「バウハウス」の創立者「ウォルターグロピウス」が哲学的な問いかけから学校を作った様に☆デザインを学ぶという事には広く深い意味があるのです。求められるものは「広い視野」です。

「才能」や「知識」や「情報」によって「纏められた考え」を更に磨き、育てた「物の見方」こそ「広い視野」となります。その「広い視野」をもって世界中のあらゆる分野の才能を認め育てる為に常に自分の頭脳の中を「フレキシブル」に心がけて「自分の才能も伸ばしてゆく」事が理想です。
☆「広い視野」を育てる為に「まかれた種」である皆さんの若い芽がすくすく育つ畑の役割をしている事を自負しています。ここで五人の「広い視野」を持つ学生が育ち更に社会の環境作りの協力者が増えると、次々に広い視野と豊かな知識で人間らしい暮らし方や生き方を考える 人が育ちます。こうして育った人が何れ社会に出て意義や生き甲斐を感じながら楽しく仕事をする環境が増えて行きます。

☆それでは、皆さんのノートの第一頁を開いて下さい。
ここに今日の日付と「初心忘れるべからず」と書きましょう。
この「初心忘れるべからず」は室町時代の能芸家世阿弥」がその能芸理論「風姿花伝」の中で世阿弥の「芸術」に対する考えを一つの思想として確立し芸の道の最も重要な基礎として後世に伝えられています。 世阿弥は能を当時低俗なものとする評価を高貴な優雅なものに高め、その為の精進と理論づけは世界の思想界に残るものとされています。
☆ 「風姿花伝」の中で世阿弥は、「芸術を志すものは、常に心に花をもたなければならない」と云い魅力や美を感じる事を「花」があるというのです。 若さの魅力は、「時分の花」でその時だけの花で真の意味の花ではなく永遠に変わらない「不失花」を身につけるには稽古を重ねる事しかないと説いています。稽古を重ねて最初に心に決めた「初心」を忘れる事なく練習を続けましょう。何ごとも続けなければ「力」になりません。「持続することは力なり」です。皆さんも「一つの道」を志すに当り「初心忘れるべからず」の教えを心の中で繰り返し思い出して下さい。 最後に皆さんに対して自由な雰囲気の中にもこれだけは心掛けて欲しいと思う事をお伝えしておきます。

一、授業中の態度の真面目さ
二、作品に対して真心こめているか
三、出来上がった作品に気品を感じられるか
という事で 気品というのは一口で云うと「心のエレガンス」で回りに対する思いやりの心や丁寧さ、礼儀正しさが感じられるか徒らに奇をてらって人目をひく事ばかりを考えないで本来の目的である「豊かな内容と広い視野」で作られている事が大事であるということです。
皆さんが卒業の時「壯士ひとたび去って復びかえらず」と「振り返らず前に前に進みなさい」といって送り出すのですが「困った事があったらいつでも相談しに来るのですよ」と心の中で云わずにはおれません。
お会いしたばかりなのにもうお別れする日の事を 思ってお話してしまいましたが、これは短く限られたこれからの一日一日をどうか大切に過ごして頂きたいという気持からです。
☆皆さんをお迎えして共に学んでこうとする今日、第一日目の言葉として終わりたいと思います。

PAGETOP
Copyright © "河原デザインスクール"     本ページのすべての商標と著作権はそれぞれの所有者に帰属します。